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こんなにきつかった体験は出産以来でしょうか・・・

子供に会えるという結果が待っている分、出産の方がまだましかもしれないような。


出産後の体調不良が1年間続いたことを含めても、今回の経験は本当にきつかった。

とりあえず3つの試験は終えましたが、まだ結果が出るのは先のことです。

結果がでないのに、まだ3つ残っている試験の勉強をそろそろ始めないといけません。


それなのに、どうしても教本を開くことが出来ないでいます。

まるでエネルギーが枯れてしまったような・・・


試験の1か月くらい前から、緊張のあまりか身体が強張り、歯を常に食いしばる癖がついてしまい、その頃から不眠症が始まりました。これで本当に試験が受けられるのだろうか・・・と思ったほど。


それでも何とか気力を振り起して試験会場に行き、9時~12時まで、3時間の筆記試験を受けました。

あの時点でよく倒れなかったと我ながらビックリしますが、試験が終わって立ち上がったら、血圧が上がっていたのかフラフラしていました。

が、すぐに次のクラスに移動しなくてはいけませんでした。


会場が大きな大学だったため、次の移動場所まで15分以上かかってしまい、ふらふらしながらやっと辿り着いて、素早くサンドイッチを食べようとしたのですが、お腹が空いているというのに、エネルギーが消耗しすぎていたためなのか、無理やり口に押し込むので精一杯。


食べないと次の試験に集中できなくなると思い、一口一口食べては休み、食べては休みを繰り返しながら一つのサンドイッチを食べ終えると、もう15分しか残っていません。


そして13時から法学とSafetyの試験を受けました。

Safetyはまだ理解できるのですが、なぜ鍼灸師が法学を?

ヘルスケアの仕事をしていく上でお客様とのトラブルが増えているようです。

中医学のための法学はもともと存在しているのですが、義務ではなかったためしっかり読む人はいませんでした。

そこで試験に取り入れることになったようです。


筆記試験の方は、時間配分を間違えてしまいました。

時計を持っていくのを忘れてしまい、必要以上に慎重に時間をかけて問題を解いていたら、『あと1時間です。』と言われた時点でまだ半分以上の問題が残っていました。

普段学校で使っていた英語の言い回しとは違う(またはバイオメディスンの専門用語)英語が使われていたというのもあり、辞書で調べる時間(ペーパーの辞書は持ち込み可)でもロスをしています。


時間が足りなくなるから、一問一問パッパと解いていかないと終われないよ、と周りから聞いてはいたのですが・・・

法学とSafetyの試験が終わった後はもう全ての気力を使い果たし、クタクタでした。


家に帰ると子供が掃除をし、洗濯物を取り入れてくれ、夕飯を外で買っておいてくれたのですが、あの時点で全く気力が残っていなかったため、本当に助かりました。


次の日も試験の事が頭から離れず、ゆっくり眠ることができなかったのですが、かといって何もする気力もなく、一日中眩暈と吐き気に襲われていました。


まだ数か月後に一つの試験があり、そのまた数か月後にもう2つの試験があります。

今からでもすぐ勉強を徐々に始めていかないと間に合わないのに、鍼灸の活字をみるのを拒否している自分がいて、我ながら驚いています。

あれだけ興味があって、あれだけ本を楽しく読んでいたというのに・・・


こうやってゴールの見えない状況が暫く続くのかなと思うと、まだまだ心に余裕が持てません。







私の父は”〇之助”という、まるで時代劇に出てくるような時代錯誤な名前だったため、小さい頃、人前で父の名前を出すのがものすごく恥ずかしかったものです。

でも逆に、どんな名前でも有りの今の時代であったら、こういう名前でも面白いと思われていたのかもしれないですね。


私は愛知三河の出身です。日本でもあまり知られてはいないようですが、手筒花火が有名で、夏のお祭りの時期になると、このイベントを見るために地元民が集まり、密やかに熱く盛り上がります。


徳川家康の命によって作られていた火薬の開発・製造が発祥で、400年の歴史を誇っています。


重さ10kgの筒を腕に抱え、10m以上も上がる火柱を浴びながら火薬が消えるまで耐えます。

最後にハネと呼ばれる爆発が終われば終了です。


自分の花火は自分で作らなくてはいけません。

そのため一度しかあげることができず、一発勝負です。

そして花火を上げている間声を上げてはいけません。そして動じないこと。

如何に美しく、勇ましく手筒花火を上げられるかを競います。


孟宗竹を使用し、しっかり乾燥させ、噴出口に鏡を入れて竹にはめ込みます。

竹にクラフトテープ、ござ、細縄の順に巻いていき、仕上げに大繩を巻きます。


その中に火薬を詰めるのですが、この火薬は門外不出の秘伝の調合がされています。

最後にハネを入れ、新聞紙を詰めて完成です。


祭りの日、花火をあげる前に手筒花火を神社に奉納し、お祓いを受けます。


火柱が高く上がり火の粉が頭や身体に降りかかりますが、美しい姿勢を保ったままそれに耐える姿は勇ましく、何度見ても感動し興奮します。

日本のお祭りが懐かしく、恋しい瞬間です。



豊橋祇園祭り 手筒花火








今更なのですが、息子の通っていた(ごく一般の公立校)中高5年間の時間割はとても変わっていました。


コースの選択数がかなり多く、私がざっと(ざっとなので正確ではありません)数えただけでも、70教科以上は選択肢があります。

色々な教科があり見ているだけでわくわくしてきますが、逆に選択肢が多すぎて何を選んでいいのか分からない、または、若い頃からこれだけ選択肢を与えすぎると却って混乱するような気もします。


まず必須科目が極端に少ないのです。

つまり日本や他の国では普通に皆が皆習う教科を(例えば歴史、地理、化学など)選択する必要がなく、もっと言うと、数学は必要ないから高3ではとらないと選択をする事も可能なのです。


教科としては日本よりもっと細かい選択肢があり、その教科をもっと極めたい場合は有利です。

大学に進学する予定がない、または専門的な分野に進みたいという場合は、職業訓練的な科目も沢山あります。


では外国が皆そうなのか、私達アジア人の学校体制がおかしいのか、と思っていたらそうでもなく、夫の母国イタリアでも、日本と同じように必須科目が沢山あり、生徒はみな同じように平均的に必須教科をこなさなくてはいけません。(日本より教科は多く、勉強も大変だと言い張っています。)


息子のように他国から途中で移民をしてきた生徒は、英語が第2か国語となるため、レギュラーの英語クラスをとる前に、ESL(又はELL)という特別教科(単位がカウントされない英語の準備教科)をとらないといけません。レベル3まであり、これを修了すれば英語クラスに入れるのですが、上手くとっていけば、落第せずとも卒業までに単位はとれてしまいます。

但し、ESLクラスをとるため、3教科分の他の教科はとれません。1年卒業を遅らせればいいのですが、友達と一緒に卒業したく皆嫌がりますから、なかなか難しい問題です。


そのうえ息子の学校は2学期生で、1学期に4教科、2学期に4教科、1年間で計8教科をとるだけで大丈夫です。

そして必須科目以外は選択で授業を選ぶことができ、その4教科をひたすら半年間繰り返します。

つまり、体育を選んだ場合、体育の授業が半年間毎日あるのです。クッキングクラスを選べば半年間毎日料理の授業が続きます。


これにもかなり驚きました。

ユニークであると言えばそうだし、生徒にとっては実に楽な環境で羨ましい限りではありますが、外国から移民してきた私達にとってはただただ戸惑うばかりでした。

これでいいのか?と。

もし途中で他の外国に引っ越した場合、追いつけないのではないかと・・・

結局何がいいのかなんて私自身よく分からないのですが。







夫の口癖は『後からやるから。』『明日するから。』『今週中にはやるから。』『今月中には終わらせるから。』です。

そして大抵その言葉通りには実行されません。

最初に『〇〇と〇〇をするつもりなんだ。』と宣言するため、実行されないとガッカリするのです。(もう今では期待もしなくなりましたが。)


だったら宣言しなければいいのに・・・

どちらかと言うと、有言実行型、いえ、何も言わずにすぐに実行し、後で報告するタイプの私は(これも達悪いですね。)、『後でやるから。』という言葉にイライラしてしまいます。

自分の時間軸で測ってしまっているために。


そして、早く決断し、必ず実行するという行為が正しい事だとも思っていました。

自分の物差しで判断していたために。


でもある日、私が追い込まれた状態の時、

『その時に考えればいいよ。』

という夫の言葉に救われたのです。


私は行動が早い分、自分をかなり追い込むことがあります。

でも夫のこのゆる~い言葉が、雁字がらめになった心を少しだけ解してくれました。


何でもかんでも早くやればいいってものではなく、時には時間が必要であり、その時になってから決めればいい事もあるんだとこの年になって分かりました。








昔、こんな説を聞いたことがあります。

(朧気ですが)


アフリカ人が人類のルーツであり、類人猿が進化した。

そして彼らが北に移動した時、太陽光線が弱く気温も低かったため、その環境に適応するために肌が白くなり、髪の色素も薄くなり、北へ行くほど金髪の人達が増えていった。


気になってちょこっとネットで調べてみると、このような説が載っていました。


シベリアから渡ってきたアジア人は、シベリアの厳しい冬の寒さを乗り切るために、身体を小さくして凍傷にかかりにくくし、雪目にならないように目を一重にした。


ほぉ~、なるほど・・・

と思いましたが、ふと疑問に思ったことがあります。

何故同じように寒い地方なのに、北ヨーロッパ人は手足が長くて背が高く金髪に青い目が多く、アジア人は寒さから凍傷にかかりにくいように体を小さくし、雪目にならないように目を一重に進化したのでしょう。


それに北アメリカの先住民であるネイティブ(ネイティブアメリカン、ネイティブカナディアン)は、アジア系に近い風貌をしています。

カナダの北の方は極寒です。


彼らは第四氷河期の海退でベーリング海峡が陸地となった時代(約3万年前)から住んでいたと書かれています。

北の地方の人は色白だと言われていますが、彼らはその間に環境に合わせて顔形の変化が起こらなかったのでしょうか?








息子が、友人達とウイスラーに1泊2日で行ってきました。

近くではありますが、心配性な性分が顔を出し、家に戻ってくるまで氣になって仕方ありませんでした。


これが初めての旅でもなく、15歳の時に一人で日本に旅行に行かせているのですが、幾つになっても子ども扱いしてしまいます。

自分が若い時にはもっと危ない事をしていたことは棚にあげ・・・


戻ってきた息子は、何だか一回り大きくなっていました。たった2日家を空けていただけなのに。

山を何十キロもハイキングしたためか、日焼けをして山男になり、ちょっとだけ成長して見えたのかもしれません。


車2台で行き、コミュニティーセンターでシャワーを浴び、車の中で寝袋に入って寝たなんて言ってます。寒くなかったのかな?

宿泊代を浮かし、ハイキングをし、節約をした、何とも健康的な旅行だったようですが、とても楽しんできたそう。


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その間(昨日)私達夫婦は、久しぶりにダウンタウンのガスタウンに行ってきました。

近いのですが、あまり観光地を周る事もないので新鮮です。

夏のこの時期が一番綺麗です。もう少ししたら、長い長い雨季に入りますから。

配色の美しいビルなどを見つけました。


もう少し先を行くとE. HastingsやMain St.に辿り着くのですが、足を踏み入れてはいけないような場所が観光地と隣接しています。

そのためか、ガスタウンも東の方に行くほど排泄の臭いがし始め、それがレストランから漂う美味しそうな匂いと混ざりあい、何とも複雑な不協臭がします。


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頻繁にカチンとくることを言われてる訳ではないのですが、観光とか短期滞在ではなく、実際にその国に長く暮らしていると、『こういう事を赤の他人に言います?』と思う事がたまにあります。


息子の学費を支払いに行った際、支払いの前に事務局に質問をしに行きました。

コースを取るための英語の内申が少し足りなく、サマースクールでとらせているのですが、その場合結果が出るのが遅いため9月の入学時にどうなるのかを確認するためと、支払いを期限までに済ませなくてはいけないのですが、もしサマースクールの結果でも内申が足りなかった場合、支払った金額は戻ってくるのかを聞いておきたかったのです。

(こちらでは大学に入学するのに試験はありませんが、選択するコースによってそれに関係する科目の内申が〇%以上、というように入学条件をクリアしなくてはいけません。数学はクリアしたのですが、英語がクリアできていません。息子はエッセイが苦手です。)


とりとめのない質問です。


それなのに突然、受付の若い女の子が、『日本のお母さんは教育ママだから、子供にプレッシャーをかけすぎる。子供がかわいそうだ。』と言い出したのです。

他の生徒達や息子が隣にいる前で大きな声で。


私も最初は笑いながら聞いていました。冗談だと思っていたのです。

でも彼女が続けました。『私の母が日本人だからよく知ってる。』

なんと日本人とのハーフでした。


そして、2度や3度言うだけならまだいいのですが、『日本人のお母さんは本当に子供にプレッシャーをかけすぎる!いつもこうしなくてはいけない、ああしなくてはいけないと煩く指図する。そういうのはやめた方がいいですよ!』

そして息子に向かって、『気にしてなくていいから。プレッシャーなんて感じる必要ないからね。何とかなるから。』と何度も何度もしつこく繰り返すのです。


周りの学生達は皆クスクス笑っていました。

私も言い返そうと思ったのですが、毎日自分の勉強の事や資格試験の事で只でさえ手一杯の状態。エネルギーも残っていず、ただ苦笑するしかありませんでした。

(でもこの事は忘れないうちに書き留めておきたかった。)


息子の進路の事に関しては、確かに心配しています。

でも勉強に関しては、プレッシャーをかけたつもりはありません。ましてや、苦手な科目でGrade Aを取ってこいだなんて無茶なこと言いません。とっくに諦めています。

今回の入学条件で必要な英語はGrade C+で、入学条件としては低い方です。


それでも途中で移民してきたことや、もともと言語は不得意だと感じていたため、そちらの分野ははなっから期待せず、得意な技術分野に進めばいいと思っていました。

それでも大学に入るのに英語は必須なのです。


英語を最低限は出来るようになればと思い、アフタースクールには通わせましたが、塾と言えばそれだけ。それもほんの1年にも満たない期間です。

勉強しろとうるさく言ったことはあまりありません。

息子は友達と頻繁に遊び、バイトにも行ってます。


日本でも習わせていたのは、空手、合気道、バレーボールなどの身体を動かすスポーツ。

日本で中学1年の時、一時期塾に通わせたことがありますが、部活に入って忙しくなって著しく成績が落ち、先生から呼び出しをくらった時だけです。

勉強の仕方が分からないと言うため入らせたのですが、教え方の上手な先生だったようで、その塾の後の試験はグンと成績が上がりました。


確かに、カナダでは塾に通わせるという概念がありません。

特に白人の家庭はスポーツに通わせます。または、勉強が好きな子であれば、自分で自主的に勉強しているようです。

塾に通わせている子は、東洋人(中国、韓国、日本、インド、中東)などの移民がほとんどです。


移民をしてきた家庭は、自分達が他国でものすごく苦労してきた為、子供達にはせめていい仕事に就いて欲しいという思いが強いのだと思うのです。(少なくても私達はそうです。)



話を戻しますが、もし私がその彼女の前で子供にプレッシャーをかけるような威圧的な発言をしたのならまだ理解できるのです。

でもどんな家庭事情かも知らず、どういう教育方針なのかも知らず、ただ《日本人のお母さん》というだけでこういう発言をされるのは本当に心外でした。

《日本人のお母さんは》、《日本人のお母さんだから》を何度も繰り返していましたが、多分彼女自身が母親にプレッシャーをかけられて育てられたのかもしれません。

でも赤の他人、しかも学校の受付の人が公共の場でそういう発言をしますか???

ビックリしました。








中医学の学校はプライベートカレッジなので、授業料は高額でした。


そのため、『こんなに高い授業料払った』みたいな事を、旦那にたまにチクリと嫌味を言われます。

確かに夫はとても頑張ってくれています。

本当に感謝しています。

でも、嫌味さえ言わなければ素直にただ感謝できるのに・・・


私が学校に行っていた2年半の間、仕事をしていました。卒業前の最後の方は勉強に集中するため仕事を辞めましたが、それまでは頑張って両立していたため、試験に出題される教本を読む暇もほとんどありませんでした。(1000ページ以上の教本が3冊)今やっと読んでいます。(言い訳ですね)


ある日あまりにも嫌味を言われたため、学校に行っていた期間に自分で働いて稼いだお金を計算してみた所、授業料として支払ったお金は全額カバーできていました。

その上、国家試験で必要なお金もカバーできています。


確かに夫が生活費をカバーしてくれていました。この物価高のバンクーバーで、本当に頑張ってくれています。

でも家事の仕事や息子の学校の事は私が全て請け負っているので、同等にならないでしょうか?

学校の勉強がプラスされただけです。


ものすごく感謝しているのに、この嫌味で感謝の気持ちが減点されてしまいます。









今住んでいるタウンハウスに引っ越して、早2年が経とうとしています。

一軒一軒が横に連なっていて、一軒屋のように入口も別々なため、他のタウンハウスの住人とはそれほど顔を合わせることもないのですが、時々見かけたり話をしたりすることで、何となくどういう人達が住んで居るのか分かってきました。


そして改めて見直すと、なかなか面白い個性の人達が集まっているようです。


いつも酔っぱらっていて、タウンハウスの敷地内をパンツ一丁で歩き回ってしまうフランス人。

そしてかなり適当で大雑把、いつも大音量で音楽を聴いているイギリス人のシングルファーザー。

神経質な感じでいつも気難しい顔をした(しかも挨拶もろくにしてくれない)カナダ人。

ゲイのカップル。

マッチョな体造りをしている中国人のお父さん。


そしてインド人や南アメリカ人、イタリア人の夫、日本人の私などなど、小さな、小さなタウンハウスなのに国籍はバラエティーに富んでいます。(カナダですので相変わらず家の売買が頻繁に行われており、入れ代わり立ち代わりが激しいのですが)


もちろん、これは私がちょっとだけ観察して感じたごく一面ですので全てではないと思います。

でも私がステレオタイプとして抱いているそれぞれの国のイメージは、例えば、

プライドが高くて冷たい、オシャレなフランス人

気難しくてスノッブな英国紳士

フレンドリーでシャイなカナダ人

などですが、

それらのイメージを見事に打ち破ってくれました。


かく言う旦那も私も、ステレオタイプのイメージとはかけ離れているのかもしれませんが。












今日、タウンハウス内のお隣さん同士が喧嘩をしました。

私があるお隣さんAと話をしている時に、もう一人のお隣さんBさんが来たのですが、Aさんは突然、タウンハウスの責任者の一人であるBさんに文句を言い始めたのです。

そしてその文句の内容が、私の夫が始めたビジネスについてだったため、私も逃げ出せない状態に・・・  

2人に挟まれ、30分以上も続いた言い争いを始終聞く羽目になってしまいました。


AさんBさんは、年齢差もある男女です。

それでも喧嘩は老若男女平等? お構いなしです。


Aさんは、性格もあるのでしょうが、ヒステリックになり、手が震えるほど興奮していたため、こちらが少々心配になるほど。

それでもBさんは(こちらは少しだけ冷静)論理的で分析型なのか、ロジックに攻めてきます。

Aさんもヒステリックではありますが、論理的な意見では負けていません。


喧嘩に割って入ろうかどうか迷ったのですが、何しろ私の夫が原因で起きている喧嘩なため、どちらに就くこともできません。

Bさんは夫を庇ってくれていたのですが、Bさんを保護すればAさんが余計興奮しかねない。

Aさんが正しい、夫が悪いと言ってしまえば、庇ってくれているBさんの顔がたたない。


結局何も言わない方が火に油を注がないですむと思い、2人の言い合いをただ黙って聞いていました。


それにしても、カナダ人はどうしてこう口がたつのでしょうか。

ああ言えばこう言う。こう言えばああ言う。一向に収まらないうえ、相手を負かすまで止めようとしません。

そう言えば、息子の高校にディベートクラブなんていうのがありましたね。


カナダでビジネスをしていく上で、こんな風にお客様から文句がきたら、私は上手く対応できるのだろうかと、ふと思ってしまいました。


結局30分後に開放されましたが、解決したわけではなく、二人共興奮冷めやらず怒ったまま去っていきました。

でも、なんとなくですが、あんなに大喧嘩をしても、少ししたら元のように仲直りするのではないか、二人は本当は仲が良いのではないか、と感じたのです。

不思議です。

きっと、言いたい事を言っているのに、二人の間には悪意や憎悪がないように見えたからかもしれません。


私の住んでいるタウンハウスは古いタイプのもので、昔の日本にあった長屋のように家がくっついて連なっています。(5階建てですが、一軒の家が縦に長くなっているため)


きっと昔の日本の長屋でも、こんな風に大っぴらにご近所さんと大喧嘩したりしていたのかもしれない・・・なんて想像してしまいます。








kei.s

Author:kei.s
海外生活の体験記です♪

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