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前にも書きましたが、お互いに遠慮せずハッキリ物を言い合う『家族』に鍼をするのは本当に大変です。

特にもともと鍼が大嫌いで、″鍼に通う”という概念が頭にない人にとっては、鍼を受けるという事はまるで拷問のような(大袈裟ですけど)意味を持つのかもしれません。


私の夫も子供もそんなうちのひとりです。

慢性の腰痛と坐骨神経痛持ちの夫に鍼をさせてもらうと、いちいち文句を言い、大きな声で『もう十分だ!』と叫び、怒鳴ります。それを受けて私もついつい怒り、十分に鍼を刺せないまま中途半端で終わったりしていました。


その後状態が改善されると『ありがとう』なんて、笑みを浮かべながらシラッとしてお礼を言うのですが、そんな繰り返しにもうんざりして、1か月以上鍼治療を止めていました。

もう二度としないつもりでいたのです。(何かあればプロの所にいけばいいのですから)


ところが昨日、私が学校のクリニックを終えて家に帰宅をすると、夫の方が先に帰ってベッドで寝ていました。仕事中腰と坐骨神経痛が悪化して歩くことさえ困難になり、途中で早退してきたそうです。

自分の方から鍼をして欲しいと頼んできました。


そしてその日は珍しく鍼を完璧にさせてくれたのです。(いつも文句を言って中断されていたため)

しかも怒鳴ることもなく(私も練習をしていた成果が少しでているのかもしれません)、最後まで大人しく受けてくれました。


その次の日、良くなったと言って仕事に出かけていき、職場からも『痛みがなくなって仕事ができる。有難う。』と電話をかけてきてくれたのです。


これまでどれだけ家族の心無い言葉に傷つけられてきたか・・・

大袈裟に聞こえるかもしれませんが、家族というのは遠慮がない分ハッキリ物を言う為、きついことを平気で言うのです。

紙一枚で赤の他人になる関係であるというのに。

いや、血の繋がっている息子でもそうです。平気で傷つける言葉をはきます。


幸い、私は負けず嫌いで、ナニクソ根性で生きてきたため(父にも同じようにひどい目に遭わされました。)、悔しい思いをすると逆に燃えて、反発して、頑張ります。それが自分の興味ある事であれば特に。(興味のないことなら、何を言われても反応なし。どうでもよし。)

ただこういう虐げも、気を付けないといけないような気がします。私の場合は《幸い》で収まりましたが、逆境に弱く、言葉を深く受け止めてしまうタイプの人なら、それが仇になって一気にモチベーションを失ってしまうのではないでしょうか。


『やった!勝った!』

何に勝ったのか分かりませんが(おそらく自分に勝ったのかな)、いい気分に久しぶりに浸れました。


さて、いつまでこれが続くか?






カナダに戻って早3年が経ちました。

日本に住んで居たころの事も忘れがちになってきた今日この頃ですが、ふとした出来事に強烈に日本を思い出すことがあります。


先日、肌荒れが突然起こりました。

もともと敏感肌で、日本の皮膚科では過敏性敏感肌だと診断された事があります。

化粧品も、ちょっとでも化学物質が多く入っていると、肌が赤くなって痒くなります。

手が命の仕事をしているというのに、手が荒れ性ではたまりません。


でも過敏症の肌に合うハンドクリームがなかなか見つからないのです。

ひどく荒れた時にはステロイドを使用した事もあります。治りましたが、長くは続けられません。

そこで、日本の有名な皮膚科のクリニックの先生に薦められたクリームを試したところ、すぐに良くなりました。


そういうクリームは海外でなかなか見つけることができず、カナダでもかなり色々な物を試しましたが、ほとんどお金を捨てているようなものでした。

そこで高い送料を払って日本から商品を取り寄せているのですが、ある会社で注文をした所、5日以上経っているのに全く会社からの発送の連絡がありませんでした。


業を煮やしてとうとう連絡をしてみると、何と決済ができていなかったと言われました。

そのメールを送信したそうですが、私が間違ってスパムメールだと勘違いし、ごみ箱に捨ててしまったのでした。


私のミスであるのに、そうとも知らないで、『急いでいるのにまだご連絡いただいてません。』と書いてしまいました。


後々丁寧にお詫びし、決済もすぐにすませました。

すると、その決済の直後すぐに商品を発送して下さったのです。


相手側は全く悪くないというのに、『急いでいる』という言葉に配慮して下さり、すぐに発送してくださったのでした。

本当に感激しました。さすがです。

こういう心配りがとても嬉しく、そして商品が届いて肌が改善された事も有難く、日本の良さをしみじみ感じていました。








先日の雪はすぐに止み、道路に積もることもなく溶けていったのですが、

今朝また雪が降っています。

もう3月に入っているというのに・・・


今回は積もってきました。

しかもまだ降り続いています。

一体どうしてしまったのでしょうか。



スキーをするわけでもなく、山とか森が好きという訳でもなく、

ハイキングや登山に興味もありません。

どちらかと言えば海の方に惹かれ、温暖な地域を好みますが、

何故か行く先々の外国は、北の方に縁があります。


自分が選んできたというよりは、偶然色々な事が重なってそこの国に縁が出来たという方がしっくりくるのですけど、本当は南フランスのような海が近くて1年中温暖な街に住みたかった・・・


そういえば、私の地元も温暖で、温泉街で海に囲まれているなぁ。

なぜ離れることになってしまったのだろう。





知人がケーススタディーの3回目のセッションに来た時、先週までの経過を再び詳しく訊ねてみると、2回目のセッション以降、不快な幾つかの症状はほとんど消えたと言いました。

でも2日前にまた、一つの症状だけが少しだけ戻ったそうです。

7年前から発症した慢性化した病気なので、もちろんそんなに簡単に完治するはずもありません。

症状が改善する期間を徐々に徐々に長くしていくしかありません。


西洋医学では完治しない病気だと書かれてありました。(西洋医学の先生にも聞きましたが、同じことをおっしゃっていました。)

鍼灸で症状は改善されても、完全な完治というのはやはり無理なのでしょうか。


その方はフランスから数か月前に移民したばかりです。

私が持っていたフランス人のイメージとは全く違っていて、とても我慢強く、不平も言わず、ストレスを内に貯めてしまう人です。

だから、この病気が少しでも軽くなってくれたらいいのになと切に願っています。



先月、ある鍼灸師の方の所に行ってきました。

マッサージと鍼をミックスした治療をされていますが、よくよく話を伺うと、鍼よりもマッサージの方が需要がかなり多いそうです。マッサージだけのメニューも入れると、やはりそうなってしまうみたいです。皆、鍼よりマッサージの方が好きですから。


ところが、治療が終わった後、ふらふらして歩くのもやっとなほどひどい眩暈に襲われ、それがずっと続きました。でも普段は眩暈など全くしませんし、倒れたこともありません。

旦那と一緒に来ていたため、車の中で休むことができ幸運でした。


原因はわかっています。そのドクターは、私の背中に刺絡吸玉をしたのです。

かなり前に学校の授業で生徒同士で練習をした際に、同じように治療後眩暈がひどくふらふらして起き上がれなくなった事があります。


その時は瀉法の経穴ばかりに鍼を打たれたために起こったのです。(つまり実証の診断を下されました。)

今回の刺絡吸玉の治療も、通常は実証の人に使用します。

でも私は実証ではありません。陰虚は多少あるとは思いますが、虚証です。


舌の色も赤ではなく淡いピンク色で、脈も速くありません。他にも実証を示す症状は見当たらないのです。そのうえ、その日の朝に採血をし(その後ご飯は食べましたが)、ドクターの所でマッサージも受け、鍼も行われ、その後に刺絡吸玉をされました。その頃にはお昼過ぎでお腹もかなり空いている状態です。


色々な状況が重なり、しかも実証ではないため、ひどい眩暈に襲われたのだと思います。

ご飯をお腹一杯食べて少ししたら回復しました。


私の場合は何故そうなったかという原因が分かったため、怖くもなかったのですが、もし鍼灸のことを知らない人なら、突然の眩暈とふらつきに驚かれることと思います。血圧の低い方なら貧血で倒れたかもしれません。


私自身は、大したことではない為もちろん文句も言いませんでしたし、これも経験の一つとして学ぶことが出来たと思えば貴重な体験だと思っています。

でも患者さんにしてみれば、訳が分からず不安になり、例えすぐに症状が治まったとしても、文句を言うというよりは、きっともう二度といらっしゃることはないでしょう。

私も仕事をする時によくよく注意をしなくてはいけないと肝に銘じました。









ケーススタディーの結果は良好で、2回目のセッションでほとんど症状がおさまっていると、数日後に報告を受けました。

かなり複雑なケースで、治療法も2通りに分かれます。

しかもその2通りの方法が真逆であるので、どちらを選択するかによって結果が変わってくるのと、間違った選択をすれば結果がほとんど出ないか、下手をすると症状が悪化してしまうこともあります。


でも症状が改善されたと聞き本当に安心しました。

まだカナダに来たばかりで、ファミリードクターさえ見つけていないと聞いてましたので。(もちろんすぐに見つけてくださいとお願いしました。)



話は変わりますが、つい先日、学生時代の友人から地元の写真を送ってもらいました。日本に住んで居た時に昔の友人には会いましたが、住んで居た町を訪れることはほとんどありませんでした。

実家がないと訪れる理由さえなくなってしまうのです。


私が生まれ育った場所は小さな町です。

19歳くらいから家を出て、それ以降はずっと離れています。


でもとても有難いことに、幼馴染みや、学生時代の友人達はほとんど(私の生まれた町ではありませんが)近隣の町に残っていますので、たまに状況や情報をもらえます。


そして久しぶりに写真を送ってもらいました。

何枚か送ってもらった中で、半分はどこなのかすでに分かりませんでした。

こんな小さな町でも、何十年もの間に変わってしまったのです。


そんな中で、実家から近かった駅の写真がありました。

思わず涙ぐみました。


駅の写真を見ただけでいろいろな思い出が一気に蘇ってきたのです。

きっと毎日通学に使用していたからでしょうか。


友人達と大声で笑い合い、止まらなくなるほどお喋りをした電車のなか。


一本乗り遅れるだけで15分以上待たなくてはいけないため、体育の時より真剣になって走った駅までの通学の道。


憧れの社会人の人を見つけ、友人達に応援されながら(いや、冷やかされながら?)目で追っていた電車通学。


小さな駅です。

地元の人は(特に成人になると)皆車を利用するため利用者も少なく、いつも閑散としていました。

送ってもらった写真の駅は、昔よりほんの少し綺麗にリノベーションされていましたが、ほぼ昔のままでした。


それがまた嬉しかった。


地元が発展していくのは嬉しいのですが、昔の記憶に残っている光景が突然大きく変化してしまうと、望郷への想いまでもが薄れていってしまいそうだから・・・



station.jpg








20年以上知っている間柄で、18年以上一緒に住んで居ても、すれ違いの連続だとつくづく思います。

家族だから分かり合える、なんて嘘ですね。

血が繋がっていても難しいのだから、当たり前なのかもしれません。


親子なら、例え離れても縁を切らない限り家族としてあり続けるのに、夫婦の場合は別れてしまえば他人になってしまうのだから、家族、家族なんていいながら、ものすごく脆いものです。



お互いにとても忙しくなり、子供も大きくなってから喧嘩をすることもなくなり、(というより喧嘩をする暇もなくなり)家族として絆を深めていったような錯覚に陥ったりしますが、

ふとどちらかがストレス状態に陥ると、ふとした事が引き金になり、大喧嘩に発展します。


でも互いに引かずエスカレートをしていくと、思わず潜在意識で思っていた事が溢れてしまう事があります。

今は私ももうすぐ卒業するということもあり、学校に集中したくてほとんど仕事はせず、学校と主婦業に専念しています。(学校のブレイク時に仕事をするのと、ケーススタディーは続けていますが)


夫は言ってはいけない言葉を口にしました。

『主婦業はタダじゃないか。』


もちろんいろいろな言い合いをした後に、何かがトリガーになって出た言葉です。

でも私自身が負い目を持っている部分でもあり、それもあって余計に火をつけました。


『私がいなかったら、あなたが食事や掃除などの主婦業を全部こなすんだよ!その時間がなければ人を雇うしかないじゃない。人を雇ったらお金を払わなくちゃいけないんだよ!』


イタリア人の夫は、女も男同様に働くものだと思っています。

これ自体は別に私は問題ありません。でもそれなら男も家事を半分負担するべきだと思うのです。

私が日本で3つのビジネスを掛け持ちしていた時には週に6日働き、夜10時まで働く事もありました。

でも家でビジネスをしていたため、食事作りも掃除も私が全てしていました。

18年間一緒に居て、皿洗いをしてくれるようになったのは6年間くらいです。しかも皿洗いだけです。


今は夫が忙しいので私が全て家事をしています。それはいいのですが、『主婦業はタダ』という言葉は到底許せませんでした。

その後大喧嘩です。


1週間の食品をまとめて買い物し、それを1週間で全て完璧に使いこなし、毎日毎日ご飯の献立を考えて作る。そしてお弁当も。

これって本当に面倒臭い作業です。一人暮らしをしたこともなく、こういう作業を毎日何十年もこなしたことさえなく、よくそんな事が言えると思います。

たまに作るくらいなら簡単です。


本気で一度家を出て、一人にさせてみようかと考えました。


でも結局今はとても大切な時期で、優先すべきことが沢山あり、しかもエネルギーを使うほどの余裕もないため、数十分後には沈静しました。お互いに。


もちろん分かってはいるのです。ただストレスが溜まっていて、爆発してしまいポロっと出てしまった言葉なのだと。長年一緒にいますから。


でもきっと潜在意識の中にしまっていた言葉でもあるんだろうという事も分かっています。

でなければボロっとは出てきません。


お互いに言いたい事は沢山あり、不満も一杯あるけれど、

なんとなくそのまま過ごし、ちょっと爆発してもまたすぐに忘れ・・・

と、毎回それの繰り返しです。







今はケーススタディーのリサーチとして難病を抱えている方(今は慢性の状態)に鍼を打たせてもらっています。

西洋医学では完治は不可能だと言われていますが、危険だとか命に関わるほどの大病ではありません。ただ本人にしてみればとても辛い症状で、レミッション期と悪化を繰り返しながら一生付き合っていかなければいけないそうです。


でも悪化時に少しでも症状を緩和出来たり、正常な状態に早く戻してあげられることが出来ればと思い、この病気の事を西洋医学と東洋医学の両方の視点から自分なりに調べました。

西洋医学の先生や学校の中医学の先生方にもお話を聞いたり、アドバイスをもらいました。

そして鍼灸をさせてもらっています。


私のような未熟な者に鍼を試させてもらえるだけでも有難く、何とか楽になってもらえたらと願っています。1回目の治療でいい効果が得られたようですので、毎週通って下さると言ってもらえました。

でも1回、1回の治療が真剣勝負で、経過報告をこと細かくしてもらっています。



先日、息子にこう聞かれました。

『鍼って才能がものを言うんじゃないの?』


もちろん、潜在的に才能を持った中医師はいらっしゃると思います。

でもそういう才能を持って生まれたドクターも、やっぱり必死で勉強してきたのではないかと思うのです。

練習をせずにも、勉強をせずにも、いいドクターになれる人もいるのでしょうか?


学校のインターンシップでは、皆、鍼の練習をしたくて、我先にと人を押し退けて練習したがる生徒もいます。(私もそう出来るのであればそうしたいくらいです。)

でも、皆が皆、練習したいのです。


逆に、全く練習したがらない生徒もいます。(私はいろいろなクラスをとっていますので、いろいろな生徒と出会いました。)

そういう人達を見ると今度は疑問に思います。

この状態で卒業して、仮に国家資格を取ったとしても、外で鍼の仕事が出来るのだろうか?

私が患者さんであれば不安です。


練習しても、練習しても、勉強しても、勉強しても、

まだまだ、まだまだ、という状態がずっと続きます。


きっとこれからも一生続くような気がします。









学校のカリキュラムが悪いのか、それともカナダの中医学の組織がまだ統一段階であるのか、なんとも分からないのですが、同じ学校内なのにクラス毎の先生が変わると教科に使う教本自体もそれぞれで、先生が教える内容もバラバラです。


私のとっているフルタイムのコースは1年に4学期あり、それが修了すると2学年へと上がっていくのですが、最初に分けられたクラスは最後に卒業するまで同じクラスで一緒に進みます。(ドロップアウトやクラスチェンジをしない限り)


でも、学校側が入学を1年に一回のみとしなかったために(生徒をより多く入学させたいのでしょうねぇ~)、1年間に入学するクラスが時に3つになることがあります。(これもその時々の状況によって変わり、統一されていないのですが)


すると、授業数の関係で先生も統一できず、結局授業内容もその先生次第で変わってしまいます。

これが本当にややこしく、先生の国籍も様々で、しかも習った学校や、時には国が違う場合もあるため、大袈裟に聞こえるかもしれませんが、たまに真逆の説をおっしゃることもあるのです。


日本の場合はその点シンプルかもしれません。大抵日本人の先生(中国人の先生もいらっしゃるのかもしれませんが)でしょうし、日本の学校に行き、日本の国家資格を受けていらっしゃいますから。


こちらの学校は、英語と中国語のどちらかで授業を受けられるという選択肢があるのですが、英語の授業と中国語の授業でも授業内容が大きく違うようです。


今また混乱期に入っています。

というのも、先生によって違う事を言われるうえに、同じ先生でさえ、前に言ったことと違う事を言われることもあるため、

『とうとう私の耳が悪くなったのか?』と疑うほど、授業を受けていけば受けていくほど混乱してしまいます。


せめて、授業に使用する教科書と、カリキュラムの内容、そして先生は、学校内で統一して欲しいです。

でももっと願わくば、カナダ自体の全ての学校が統一されるともっと有難いのですが・・・










昨日やっとまた一つ、プレゼンテーションが終わりました。

もう少しで卒業。

もうこれで最後かな?

と思っていたのに、まだまだあるそうです。


”プレゼンテーション”、日本でもすっかりお馴染みの言葉になりましたが、

私達が若い頃には、こんな表現はありませんでした。

所謂、”発表会”と呼んでいたものがプレゼンテーションという言葉に変わる表現でしょうか。


そういう発表会も学校では年に1回程度でしたし、原稿用紙にまとめた資料を持って、(時にはスライドのようなものを使いながら)教壇に立ち、ただ棒読みしていただけです。


それでも緊張していたものですが、

プレゼンの場合はパワーポイントを使い、とりあえず20ページ以上あれこれ作成し、リサーチした事なども書き加え、それを皆の前で発表します。


子供は高校生ですが、すでにものすごい数のプレゼンをこなしているそうです。いろいろな教科で要求されるみたいですので。(やはり苦手だと言ってました。)


私達の場合は(先生によってですが)、ドレスコード(プロフェッショナルに見える格好)で、きちんと立って説明し、終わったら質問を受け付ける、そこまでしたら終了です。


一番最初にプレゼンをした時は本当にきつかった・・・学校を休もうかと思ったくらいです。

この年で初めてのプレゼンを経験することになるとは・・・


他の人のプレゼンを聞くのは楽しいのです。

勉強になることも多いし、”プレゼンのプロ”のような生徒もいて、資料などほとんど見ずに自分の言葉で話し、時にはジョークも交え、パワーポイントもアニメーションなどを使います。

いつも惚れ惚れしながら鑑賞し、感嘆しています。


例え自分の資料作りが満足いかないものだったとしても、プレゼン作業はそれほど苦になりません。

パワーポイント作成も、オフィスで働いていた時に独学で習いました。


でも人前で話すのは嫌いです。

何度かすれば慣れるだろうと思っていたのですが、全然慣れません。(もちろん一番最初の時よりは慣れましたが、今でもプレゼンの数日前からエネルギーが落ちます。)


あまりにも皆のプレゼンが上手なので、ただ資料を読んでいるだけではいけないと、ちょっとだけ、ほんのちょっとだけアドリブを入れたりするようにしますが、英語なので緊張して上手く文章を組み立てられないこともあります。


なかなか慣れません。









結局、その先生の授業をとるのをやめ、他のクラスの先生に入れてもらうよう事務局に頼みました。私が大好きな先生のインターンのクラスです。

厳しい先生なのですが(昔ながらの先生という感じ)、生徒に教えたいという熱意が伝わってきます。

文句を言うくらいなら行動する、というのがモットーですが、それが良い方向に働くこともあるし、仇となることもあります。私の欠点の一つです。

でも、今は時間とお金を無駄をしたくない。


カナダは去年の12月に大雪が降り、積もってアイス状になり、なかなか溶けず、道路が滑りやすい日が続きました。

そして私達がイタリアに行っていた間にも雪が降ったらしく、帰ってきたらまだかなりの雪が残っている状態でした。


その後少し気温が上がり、雨も降ったため、やっと道路が綺麗になりホッとした所、

先々週の金曜日にまた雪が積もりました。2月に入ったというのに・・・


そしてそのまま雪が降り続け、昨日は経験したことのないほどの大雪です。

主要道路で車の往来があるというのに車のエンジンの熱でもっても全く雪が溶けず、オールシーズンのタイヤでなければ道路でスピンしてしまう車も多数。


スカイトレインでさえ一時止まってしまい、バスは通っていたのですが、ノロノロ運転で、いつもなら25分くらいで着くところ、1時間近くかかりました。


先日積もった雪と合わせてかなりの量になり、ブーツでない靴で道を歩くと、ズボっと雪の中に靴が入ってしまいます。

有難いことに寒さはそれほど感じなく、ビショビショに濡れるということもなく、バスも安全運転をしてくれ、家族全員無事に家に帰ることができました。


カナダに住んで居るというと、北海道並みに寒いでしょう、とよく言われるのですが、

バンクーバーはそうでもなく、寒いのはその北と中心部と東の方です。

冬でもマイナスに行くのはほんの少しで、雪も年に1回か2回降るか降らないか程度なので、降ってもすぐに溶けてしまいます。

その代わり雨が多くレインクーバーなんて呼ばれるほど、冬期は雨の日が数か月続きます。


雨が続くと日照時間が減るため、気分が落ちるという(私は今の所あまり感じません)欠点はあるものの、こういう風に大雪が降るよりはいいかも・・・

大雪が降るとそれに普段慣れていないため、何もかもが麻痺します。



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Author:kei.s
海外生活の体験記です♪

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